2026年9月08日

「手術を受けるなら、何日か入院するもの」
そう考えている方は、まだ多いかもしれません。
しかし、腹腔鏡手術をはじめとする低侵襲手術の進歩、麻酔薬や鎮痛方法の改善、術後回復を促進する周術期管理の発展により、近年では**手術を受けたその日のうちに自宅へ帰る「日帰り手術(day surgery / same-day surgery)」**が、さまざまな分野で行われるようになっています。
2026年に発表された低侵襲腹部手術の日帰り退院に関する系統的レビューでも、適切に患者さんを選択し、退院基準や術後フォローを整備した環境であれば、日帰り手術は安全に実施できる可能性が示されています。対象となった研究では、大腸手術、胆嚢摘出術、虫垂切除術など複数の腹部手術が検討されていました。[1]
一方で、日帰り手術には入院手術にはない課題もあります。
今回は、現在までに報告されている研究をもとに、日帰り手術のメリットとデメリット、そして当院が日帰り手術を通じて目指している医療について解説します。
日帰り手術とは
日帰り手術とは、一般的には手術当日に医療機関へ来院し、手術後に一定時間の経過観察を行ったうえで、その日のうちに自宅へ帰る治療を指します。
大切なのは、
「手術が簡単だから、すぐ帰る」
という意味ではないことです。
手術そのものの安全性に加えて、
術前の患者さんの状態
手術方法
麻酔方法
術後の痛みや吐き気
歩行や飲水が可能か
出血などの合併症がないか
帰宅後に安全に過ごせる環境があるか
などを総合的に判断して初めて、日帰りが可能になります。
メリット① 日常生活への影響を小さくできる
日帰り手術の最大のメリットは、入院によって生活を長期間中断する必要がないことだと考えています。
手術を必要としている患者さんにも、それぞれの日常があります。
仕事を休めない方。
小さなお子さんを育てている方。
家族の介護をしている方。
自宅を長期間離れられない方。
ペットの世話をしなければならない方。
病気を治すことはもちろん重要ですが、患者さんの生活も同じように大切です。
手術の安全性を保ちながら入院期間を短縮できれば、治療のために生活を大きく変える必要を減らすことができます。
これは単なる「時間の節約」ではなく、治療と日常生活を両立するための選択肢だと私たちは考えています。
メリット② 慣れた自宅で回復できる
病院は治療を受けるためには必要な場所ですが、患者さんにとって最も落ち着く場所とは限りません。
日帰り手術では、術後の状態が安定したことを確認した後、自宅へ帰って休むことができます。
2025年に発表された日帰り手術を受けた患者さんの経験についての系統的レビューでは、多くの患者さんが日帰り手術に肯定的な経験を持つ一方、患者さんの満足度には術前の説明、期待とのギャップ、家族や医療者による術後の支援が大きく関係することも報告されています。[2]
つまり、「早く帰れること」だけで日帰り手術の質が決まるわけではありません。
安心して自宅で回復できるところまで含めて日帰り手術である、ということです。
メリット③ 医療資源を効率的に使える
入院期間を短縮することは、病床などの医療資源を効率的に使用することにもつながります。
海外では、日帰り手術による医療費・医療資源の節約が報告されています。例えば低侵襲大腸癌手術を対象とした2024年の研究では、日帰り手術群で入院手術群と比べて医療コストが低かったことが報告されています。[3]
もちろん、海外と日本では医療保険制度が異なるため単純な比較はできません。しかし、日本においても、日帰り手術は入院手術と比べて、入院費、食費、リネン代、個室料金などが不要のため費用を抑えるられるケースがほとんどです。また、日帰り手術では、医療費を抑えるだけではなく、その患者さんが早期に社会復帰できることによる生産面でのメリットも生まれます。つまり、マイナスを減らすだけでなくプラスを生み出すことで社会に貢献できる可能性があるのです。
一方で、日帰り手術にはデメリットもあります
ここは非常に重要です。
私たちは、すべての手術を日帰りにすることが良いとは考えていません。
デメリット① 帰宅後は医療者が常にそばにいるわけではない
入院していれば、痛み、吐き気、出血などが起きた際に、すぐ近くに看護師や医師がいます。
日帰り手術では、自宅へ帰った後はそうではありません。
2025年の患者体験に関する系統的レビューでも、日帰り手術後には患者さんが自分自身で体調を判断しなければならないことへの不安や責任感を感じる場合があり、家族や医療者からの支援が重要であることが指摘されています。[2]
そのため、
「手術が終わったので帰ってください」
だけでは、安全な日帰り手術とはいえません。
デメリット② 日帰りに向かない患者さんもいる
持病、年齢、服用している薬、手術の難易度、術後の状態、帰宅後の生活環境などによっては、入院手術の方が安全なことがあります。
日帰りを予定していても、術中あるいは術後に問題が生じれば、予定を変更して経過観察や入院が必要になる場合もあります。
実際、2026年に報告されたドイツの腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術に関する研究でも、日帰りを予定した患者さんの一部は、術中所見などを理由に入院へ変更されていました。この研究自体は単施設の結果であり、その割合をそのまま一般化することはできませんが、「日帰りを予定したから必ず帰宅させる」という考え方が適切ではないことを示す重要な報告です。[4]
鼠径ヘルニアは日帰り手術と相性のよい疾患の一つ
当院が主に治療している鼠径ヘルニアについては、日帰り手術に関するエビデンスが比較的豊富です。
国際的な鼠径ヘルニア診療ガイドライン「HerniaSurge」では、適切な術後ケアが確保されていることを条件として、多くの鼠径ヘルニア患者に日帰り手術を推奨しています。[5]
また、現在のHerniaSurgeガイドラインは2023年に新たなエビデンスを取り入れて更新されており、患者さんの状態やヘルニアのタイプ、術者の経験などを踏まえて治療を個別化することが重視されています。[6]
つまり、鼠径ヘルニアだから一律に日帰りにするのではありません。
「この患者さん、このヘルニア、この手術であれば安全に日帰りできるか」
を一人ひとり判断することが重要です。
私たちが目指すのは「何が何でも日帰り」ではありません
町田そけいヘルニア日帰り手術クリニックは、その名前のとおり日帰り手術を専門とするクリニックです。
しかし私たちが目指しているのは、すべての患者さんをその日のうちに帰すことではありません。
日帰りで安全に治療できる患者さんには、できるだけ生活を変えずに治療を受けられる選択肢を提供する。
一方で、持病やヘルニアの状態などから入院での治療が適していると判断した患者さんには、日帰り手術に固執せず、入院可能な医療機関での治療をお勧めする。
この線引きこそが、日帰り手術を専門とする我々の重要な仕事の一つだと考えています。
当院では、
適切な患者選択
→ 術前評価・十分な説明
→ 手術・麻酔
→ 術後の疼痛・吐き気対策
→ 明確な退院基準
→ 帰宅後のフォロー
までを一つの治療として計画を立てます。
「病気を治す」と「日常を守る」を両立させたい
医学が進歩したことで、かつては数日間の入院が当然だった手術の一部が、現在では日帰りで行えるようになりました。
しかし、入院期間を短くすること自体が医療の目的ではありません。
安全性を犠牲にしてまで日帰りにするべきではありませんし、患者さんによっては入院して治療を受けることが最善なケースもあるでしょう。
その一方で、
安全に日帰りできる人まで、必ず数日間入院しなければならないのか。
そこには、まだ変えられる余地があると私たちは考えています。
仕事、子育て、介護、家族との時間。
患者さんには、病気とは別に、それぞれの生活があります。
私たちが日帰り手術を通じてできることは、病気を治療するだけではなく、できるだけその人の日常を止めずに治療するという選択肢を増やすことです。
それが、町田そけいヘルニア日帰り手術クリニックが目指している「日常を止めない日帰り手術」です。
町田そけいヘルニア日帰り手術クリニック
安藤文彦
参考文献
[1]Sarmiento Bonilla CI, et al. Outcomes and Safety of Same-Day Discharge Following Minimally Invasive Abdominal Surgery: A Systematic Review. 2026.
[2]Sig JR, et al. Patients’ Experiences of Day Surgery: A Qualitative Systematic Review. Journal of Advanced Nursing. First published 2025.
[3]National trends and costs of same day discharge in patients undergoing elective minimally invasive colectomy. American Journal of Surgery. 2024.
[4]Outpatient Total Extraperitoneal (TEP) for inguinal hernia repair following federal German outpatient operation procedure reform. BMC Surgery. 2026.
[5]HerniaSurge Group. International guidelines for groin hernia management. Hernia. 2018;22:1–165.
[6]Stabilini C, et al. Update of the international HerniaSurge guidelines for groin hernia management. BJS Open. 2023;7.